「もう逝っていいよ」——
愛犬の旅立ちを許す、
たった一つの言葉
「お母さんは大丈夫だからね。」
それは、心とは正反対の、精いっぱいの嘘でした。
19年間を共にした愛犬に、彼女が最後に伝えた言葉——
この記事は、Radio Inugokoro 第1回のお便りをもとに書いたものです。
ももちゃんのお母さんの話
ももちゃんは、19歳でした。
19年間、ずっと一緒。朝も夜も、嬉しい日も辛い日も。
晩年、ももちゃんは寝たきりになりました。ごはんもほとんど食べられない。でも、目だけは、ちゃんとお母さんを追っていました。
ある夜、お母さんは覚悟を決めて、こう語りかけました。
「ずっと一緒にいたい。でも…もし辛いなら、もう逝っていいんだよ。
お母さんは大丈夫だからね。」
大丈夫じゃなかった。全然、大丈夫じゃなかった。
でも、そう言った瞬間、ももちゃんの表情が、ふっとやわらいだ気がした——そう、お母さんは書いています。
犬は飼い主の不安を感じ取っている
なぜ、「大丈夫だよ」という一言が、犬を安らかにするのでしょうか?
犬は、私たちが思っている以上に飼い主の感情を敏感に感じ取っています。不安、悲しみ、緊張——それらは体臭や心拍数の変化として、犬にダイレクトに伝わるのです。
「この人を残して逝けない」「この人が心配だから、もう少しだけ頑張らなきゃ」——老犬がそう感じて、痛みに耐えながら飼い主を守ろうとしていることがある。動物行動学の研究者たちは、そう指摘しています。
だから、飼い主の「大丈夫だよ」という一言は、単なる気休めではないのかもしれません。それは、愛犬を「守護者」の役割から、そっと解放してあげる言葉だったのではないでしょうか。
てつさんが最後に見せた笑顔
もう一通、心に深く残るお便りがあります。てつさんからのものです。
てつさんは、最期の瞬間、愛犬にこう言いました。
「もういいよ。ゆっくり休んでね。」
そして、涙をこらえながら、笑顔を作りました。
——最後に見る飼い主の顔が、泣き顔じゃなくて、笑顔であってほしかったから。
その1時間後、てつさんの愛犬は、静かに旅立ちました。
偶然でしょうか? 私たちは、そうは思えません。
あの子たちは、待っているのだと思います。飼い主さんが帰ってくるのを。「ありがとう」と言ってくれるのを。そして、「もう大丈夫だよ」と、許してくれるのを。
「最後のひと花」という贈り物
亡くなる直前に、急に元気になる犬がいます。急にごはんを食べたり、立ち上がろうとしたり。獣医学では「終末期覚醒」と呼ばれる現象です。
科学的にはさまざまな説明がつきます。でも、私たちはこう思うのです。
それは、あの子からの最後の贈り物だったのではないでしょうか。
残された力をすべて使って、「ありがとう」を伝えようとしてくれた、最後の愛の行動。
事実を否定するわけではありません。ただ、そこに「愛」を見ることは、決して間違いではないと思うのです。
「良い飼い主だったか」という問いへの答え
Radio Inugokoroに届くお便りの中で、いちばん多い言葉を知っていますか?
「私は、良い飼い主だったんでしょうか?」
この言葉を何度読んでも、胸がぎゅっとなります。
でも、聞いてください。
その問いを持っていること、それ自体が、答えです。
本当に無関心な飼い主は、自分を振り返ったりしません。「もっとこうしてあげればよかった」と思えるのは、心から愛して、最善を尽くしたいと願っていた人だけです。
あの子にとって、あなたは「良い飼い主」なんていう評価の対象ではありませんでした。あなたは、あの子の世界そのものでした。朝起きて最初に見る顔。散歩に連れて行ってくれる手。眠る時に感じる温もり。それが、全部、あなただったのです。
「おやすみなさい」は愛の言葉
もし今夜、隣にあの子がいるなら、そっと撫でてあげてください。
もし、もういないなら、写真を見ながら、深呼吸してください。
あなたは、よくやりました。ちゃんと愛しました。
そして、あの「おやすみなさい」は、別れの言葉なんかじゃありません。
相手の安らぎを、いちばんに願う、究極の「愛してる」だったのです。
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